急に実家に帰る

9月1日の朝、それもまだ外が薄暗い時間に、電話が急になり始めた。ジュンが動くとすぐに目が覚めるのに、隣の部屋に置いてあるとはいえ、電話の音ではすぐには目は覚めなかった。呼び出し音は長く鳴り続けたので、私は寝ぼけながら何とかリビングに歩いて行き、電話に出た。

母「聡一、びっくりしないでね、あわてないでね、お父さんが、お父さんが大変なの。」

電話からは母のこれ以上ないくらいに暗い声が聞こえてきた。

私「お母さん、お父さんがどうしたって?」
母「だから、お父さん、夜中に気分が悪くなって、救急車で病院に運ばれたの・・・」
私「えっ、お父さんが、倒れた?」
母「なんか夜中にトイレに行こうとして急に倒れて、慌てて救急車を呼んだの・・・」
私「そんで、お父さん、どうなの?」
母「今、お医者さんが検査してくれてて、まだ詳しいことはわからないのよ。」
私「今、お母さん、ひとりなの?」
母「そうなの、もう、お母さん、心細くて、いてもたってもいられないのよ・・・」
私「そんでお姉ちゃんは?」
母「すぐに来れないって言ってるのよ、こんな時に・・」
私「とりあえず、なんとかそっちに行くから、ちょっと待ってて。」
母「聡一、早く来てちょうだい・・・」

ジュン「とうさん、どうしたの?」
私「おばあちゃんから、電話。おじいちゃんが入院したらしい。」
ジュン「そうなんだ、おじいちゃん、だいじょうぶかなあ・・・」
私「とにかく、とうさん、なるべく早く行くことにするよ。」
ジュン「とうさん、仕事は?」
私「月曜の朝の会議は休めないから、その後午後に新幹線で行くよ。」
ジュン「おじいちゃん、だいじょうぶかなあ。オレもいっしょに行くよ。」
私「ジュンは、とりあえず今日は仕事をしてなさい。とうさんが病院に行って、おじいちゃんの様子を確認してから、ジュンに連絡するから。」
ジュン「わかった、そうする。できたら明日、休めるか会社できいてみる。」

私は次に姉のところに電話してみた。

私「もしもし、聡一です。」
姉「ああ、ソウちゃん。お母さんからの電話のことでしょ?」
私「なんか、お母さんの話が要領を得なくて、いまいち様子がつかめないというか・・・」
姉「心配しなくてだいじょうぶよ、きっとお父さん、最近調子に乗っていろいろ頑張ってたから、疲れと夏バテでからだがついていけなかったんじゃないかな。」
私「そうなんだ、なんかお母さん、すごい暗い声だったから・・・」
姉「あたしも、ちょっとこっちの都合がついたら、行ってみるつもり。」
私「俺も午後の新幹線で行くつもりだから。」
姉「じゃあ、病院で会いましょう。」

どうも姉の様子だと、それほど差し迫っていないような感じだった。

とりあえず、コーヒーを淹れてジュンとふたりで飲んだ。そして、しばらくして朝食を取ると、私は帰省する荷物を持って仕事に向かった。
午前中の会議を終えて、昼に私は新幹線に乗るために東京駅に向かった。東京駅からは一番先に発車する新幹線に乗って、途中で在来線の特急に乗り換えて、病院に一番近い駅からタクシーに乗った。

夕方病院に着いて、父親の病室をたずねると、父はベッドで眠っていた。担当の先生に様子を聞くと、疲れと夏バテで、一時的に貧血状態になって、気分が悪くなったらしい。他にはとりたてて悪いところもなく、二日後くらいには退院できるらしい。
そこに担当の看護師さんが来て、母も急に入院することになったという。
父のそばに私は座って母を待っていると、母の診察をした先生が来てくれて、母もちょっと入院した方がいいという。

私「母も具合悪いんでしょうか?」
医師「からだの方は特に悪いところはないですね。それより、ちょっと精神的なショックのせいで、軽く気を失われたんですね。まあ、お母さんの方も念のため入院した方が安心でしょう。」
私「そうですか、よろしくお願いします。」

そこに姉が駆け込んできた。

姉「お母さんまで倒れちゃったんだって?
私「ふたりとも命には別状ないみたいだよ。」
姉「よかったわ、もう心配しちゃったわよ。」
私「でもふたりそろって入院することになるとはねえ。」
姉「それじゃあ、いろいろと必要なものを準備しなきゃね。」
私「お姉ちゃん、そっちはよろしく・・・・」
姉「わかったわ、ちょっと家に帰ってくるわ。その間、ソウちゃん、お父さんたちをお願いね。」

一度実家に戻って、必要な物を取って姉は戻ってきた。

姉「ふたりともよく眠ってるみたいね。」
私「年だから疲れたんだろうね。」
姉「もう面会時間も過ぎてるから、できたら一度私たちには帰宅してほしいって言ってたわ。」
私「一度帰って、明日早く来ようか?」
姉「そうね、そうしましょう。」

私はジュンに電話した。ジュンは定時で仕事を切り上げて、マンションに戻ったところだった。

ジュン「おじいちゃんの様子は?」
私「ああ、夏の疲れがどっと出たみたい。今、寝てるよ。」
ジュン「そうなんだ、よかった。オレ、この後、夜行バスでそっちに行くから。」
私「会社、だいじょうぶなのか? 無理しなくていいぞ。」
ジュン「だいじょうぶ、明日一日は休めるから。」

姉とふたりで実家に戻っていると、夜遅く義兄がやってきた。

義兄「お義父さん、どう?」
姉「ぐっすり寝てるわよ。別に心配することないみたい。」
義兄「そうなんだ、よかったね。」
私「お義兄さん、来てもらってすみません。」
姉「明日、休めるんだ。」
義兄「明日一日だけだけどね。」
姉「ソウちゃんは、少し休めるの?」
私「うん、今週は休ませてもらうよ。久しぶりに親孝行でもしようかなと思って。」
姉「あら、ソウちゃんから親孝行なんて言葉が出るとは思わなかったわ。」
私「ひでえなあ、お姉ちゃんは・・・」
姉「あたしも明日、○吾といっしょに帰るから、お父さんたちのことは、今回はソウちゃんに頼んだわよ。」

夜も遅かったので、その夜はそのまま私たちは実家で寝た。
翌朝、朝食を済ませてから、ジュンの乗ってくる夜行バスの降り場に行って、ジュンをひろっってそのまま病院に行った。

病室に入ると、父はもうベッド上に上半身を起こして、軽くストレッチをしていた。

姉「お父さん、起き上がってだいじょうぶなの?」
父「ああ、さっき朝ごはんを食べたら、すっかり良くなったよ。」
ジュン「でも、おじいちゃん、無理しちゃダメだよ。」
父「ああ、無理はしておらん。ジュンの子供を見るまでは死ぬに死ねないからな。」
姉「まったく、お父さんはこんなときにのんきなんだから。」

父は心配なさそうだったので、私たちは母の病室に行った。母はまだぐっすりと眠っていた。
看護師さんに聞くと、精神安定剤の影響でよく眠っているから、とりあえず心配はいらないと言う。

ジュン「おばあちゃん、良く寝てるね。」
姉「なんか、先回りして心配ばっかりするのよね、最近のお母さんは。」
私「お姉ちゃんみたいに、神経がぶっとくないもんね。」
姉「うるさいわねえ、あたしは神経が図太いんじゃなくて、しなやかなのよ。」
ジュン「うん、おばちゃんはちょっと性格がおじいちゃんに似てる気がする。」
姉「ジュンちゃんから見ても、やっぱりそうか。逆にソウちゃんはお母さん似なんだから、むやみに気に病んだりしないようにしなきゃね。」
ジュン「おばちゃん、とうさんのこと心配してくれてありがとうね。」
姉「こんなソウちゃんでも、あたしの弟なんだから。」
私「なんか、引っかかる言い方だなあ。」
義兄「俺が言うのもなんだけど、理○は聡一くんのことをホントに大切に思ってるみたいだよ。」
ジュン「とうさんは、兄弟がいていいなあ・・・」
義兄「俺もそう思うよ。」

母親は目覚める気配がなかったので、ジュンと姉はとりあえず父の方を見てくると行って、部屋を出て行った。

私「兄貴、わざわざ来てもらってすみません。」
義兄「お義父さんたちにはちょっと悪いけど、こんな機会でも聡一に会えるのはうれしい。」
私「兄貴・・・」
義兄「そんな困ったような顔するなよ。今回は会えただけでガマンするから・・・」
私「兄貴、ゴメン。」
義兄「そのかわり、次の機会にはたっぷりと付き合ってもらうからな。」

しばらくすると姉が父のところから戻ってきた。

姉「ソウちゃん、ちょっと来てよ。もう、お父さんったら、今日退院するって言い出したのよ。」
私「とうさんには、ジュンから言わせればいいだろう、お父さんはジュンの言うことならきくから。」
姉「それが、ダメなのよ、とにかく来てちょうだい。」

姉と私は義兄を母のところに残して、父の病室に行った。

私「お父さん、今日退院したいんだって?」
父「どこも悪いところがないんだから、退院してとうぜんだろう。」
私「確かに、今回は特に悪いところは見つけられなかったみたいだけど、でもとりあえずもう少し様子を見ようよ。それにお母さんのこともあるし、今夜は病院にいてよ。」
ジュン「ねえ、おじいちゃん、オレ、社会人になったばっかりで、今日しか休めないから、今日の夜東京に帰るけど、おじちゃんがこのまま入院しててくれると、すごく安心して帰れるんだけどなあ、今日退院しなきゃダメ?」
父「ジュンにそう言われると、おじいちゃん、困ってしまうぞ。」
私「とにかく今夜は病院にいて様子を見ようよ。」
父「そうか、おまえたちがそう言うなら、別に悪いところはないが、今夜くらいは医者の世話になるか。」
ジュン「そうだよ、おじいちゃん、そうしなよ。おじちゃんが病院にいてくれると、オレも安心できるし・・・」

その後、父の病室を出たところで姉が私たちに言った。

姉「もう、お父さんったら、あたしの言うことはぜんぜん聞かないんだから。なんでソウちゃんの言うことなら聞くのかしら。」
私「今日はたまたま説得できただけだよ。」
ジュン「おじいちゃんも少しずつ頑固になっていってるよね。」

母の病室に戻ると、母は目を覚ましていた。

姉「もう、お母さんまで倒れちゃって、心配させないでよ。」
母「お父さんはどうなの?」
姉「だいじょうぶよ、もうピンピンしてるわよ。」
母「そう、それは良かった。」
私「お母さんも安心したら、少しは元気が出るでしょ。」
ジュン「おばあちゃん、早く元気になってね。」
私「まあまあ、ジュンちゃんまで来てもらって、ほんとうに迷惑かけたわねえ。」
姉「お父さんもたいしたことなかったんだから、お母さんも早く良くなってよね。」
母「ジュンちゃん、来てくれてありがとう。おばあちゃんはもうだいじょうぶだから、お仕事いそがしいんでしょ、私のことは気にしないで、東京に帰ってね。」
姉「それにはお母さんにもっと元気になってもらわないと。」
私「二三日入院して、いろいろ調べてもらうといいよ。」
姉「あたしは今日の夜帰るけど、ソウちゃんはまだしばらくこっちにいてくれるみたいだから、お母さんも安心して入院してなさいよ。」
母「あなたたち、お昼は食べたの? あたしの方はいいから、なにか食べてきなさい。」
姉「こんな時にあたしたちの食事のことを心配しなくてもいいのに。」
私「じゃあ、ちょっと昼飯を食べに行こうよ。」
母「そうしてちょうだい、今日はお母さん、準備できないから。」

両親ともそれほど心配なさそうなので、私たちは4人で病院を出て、車でレストランに出かけた。

姉「それにしてもびっくりさせられたけど、たいしたことなくてよかったわ。」
義兄「ホントだね、思ったよりずっとお元気だった。」
私「お兄さん、いつも世話かけてすみません。」
義兄「俺のことはいいんだけどね、聡一くんやジュンちゃんは東京からだから大変だよ。」
姉「昼が終わったら、いったん家に戻って、あたしが必要なものを準備するわ。それを持って病院に行って、その後あたしたちは帰るわよ。ジュンちゃんも、いっしょにどう? 新幹線の駅まで車で送るわよ。」
私「それならジュンも早めに東京に戻れるな。」

私たちはとりあえず実家に戻って、姉は入院に必要なものを用意してくれた。
病院に戻ると、母は眠っていたが、父はベッドにはいなかった。検査か診察中と思って、看護師さんに聞くと、そうではないという。義兄とジュンが、父を探しにいってくれた。
しばらくして、ジュンが父をつれて戻ってきた。

姉「もう、お父さん、どこをウロウロしてたのよ、心配するじゃない。」
父「なあに、お母さんと話そうと思ったら眠ってるし、退屈だからちょっと屋上に行って、景色を眺めてただけだ。」
ジュン「おじいちゃん、もうだいじょうぶそうだね。」
父「ジュンには心配かけたな。おじいちゃんはもうだいじょうぶだ。」
姉「あたしたちは、これから帰るわよ。ソウちゃんが残ってくれるから、心配ないわね。」
父「おまえたちにも迷惑かけたな、もうお父さんはだいじょうぶだ。」
義兄「おからだ、大事にしてくださいね。」

ジュンは新幹線の駅まで、義兄夫婦の車に同乗して出発していった。

残った私は、母と病室で少し話をした。

母「聡一、今回はゴメンなさいね、たいしたことないことで会社を休ませちゃって・・・」
私「まあ、こういう時のために有給休暇があるんだから。」
母「でも、聡一が帰ってきてくれて、お母さん、うれしいわ。」
私「でも、お父さんもお母さんもたいしたことなくて良かったよ。」
母「でも聡一が優しい子で良かったわ。聡一が子供の頃は、お母さん仕事であんまり聡一の世話をしてあげられなかったでしょ、それがお母さん、ずっと気になってたのよ。」
私「なんだ、お母さん、そんなこと気にしてたんだ。」
母「そうよ、本来なら、ずっとうちにいて、子どもたちの面倒を見なきゃならなかったんだけど、あたしは仕事の方を選んだわけでしょ。」
私「でも、それはうちだけじゃなかったと思うけどね。それほどさみしく感じたこともなかったしなあ・・・」
母「母親は子供にいろんなことしてあげたいんだけど、なかなか思うようにはいかないのが歯痒いのよね。」
私「まあ、その気持ちは、俺も息子がいるからわかるよ。ジュンにはもっといろんなことをしてやりたいってね。でも現実には限界があるよね。」
母「そうね、聡一も社会人の息子がいるんだものね。なんか聡一はいつまでも子供のような気がしちゃって・・・」
私「俺ももうじゅうぶん大人なんだけどね。」
母「あら、こんなことを聡一に話すつもりなんかなかったんだけど、入院なんかして、ちょっと気が弱くなったせいかしらね。」
私「早く元気になってよ。」
母「そうね、もう少し頑張らなきゃいけないわね。」

翌日、両親揃って無事に退院をして、うちに帰ってきた。そして私は週末まで、珍しく両親と3人でゆっくりと過ごした。少しは親孝行ができたのかもしれない。


theme : 男同士の恋愛
genre : 恋愛

tag : ゲイの父親

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Re: No title

たけろーさま

今回は結果的にはたいしたことはなくて良かったです。
それにしてもある程度の年の親を持っていると、心配なものですよね。
あわてて帰省して、そのおかげでとりあえず親孝行のまねごとをできました。

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Re: いつも楽しみにしてます♪

なる。さま

だんだん親が年をとっていくと、いろいろ大変なことが起こりますよね。
うちは幸い姉の連れ合い、つまり義兄がいい人なので、とても助けられています。
私もたいしたことはできないですが、それでも多少の親孝行はしたいですよね。
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